前回の記事では
「この植物は、どんな場所で芽を出していたか」 を仮説として組み立てる、という考え方を整理しました。
グラキリスとディオスコレアを例にすると、同じ塊根でも芽を出している場所がまったく違い、その差がそのまま初期設計の違いになるという話でしたよね。
前編でやったのは、
あくまで 考え方の整理です。
ここから後編では、 その仮説を、
- 覆土
- 光
- 湿度
という、実際に手を動かす要素に落としていきます。
つまり後編は、
前編で作った地図を持って、
実際に鉢に降りるパートになります。
仮説を「播種作業」に落とし込む
前編では、iNaturalistを使って自生環境を読み、好光/嫌光をラベル化せず仮説として組み立てるということを提案しました。
ここまではまだ頭の中の話です。
実生は必ず「手を動かす作業」が必要です。
覆土をどうするか。
光をどこまで当てるか。
湿度をどう持たせるか。
ここで起きがちなのが、「好光だから表面」「嫌光だから深植え」という作業の直結。楽ですけど失敗した時に原因が追えません。なぜなら“2択のラベル”は説明力が弱いから。
今回の後編でやるのは逆で、 写真から読んだ環境(=仮説)を、播種の設計要素に分解して落とすこと。
「芽が出た場所は裸地か、落ち葉の下か」
「表土は動きやすい砂か、固定される腐植か」
「風は抜けているか、溜まりやすいか」
こういう情報を、覆土・光・湿度の3点セットに翻訳していきます。 つまり後編は、実生の“ロマン”を現実の“手順”に変換する回です。
覆土は「光」のためじゃない
まず最初に、覆土について整理しておきたいと思います。 覆土というと「光を遮るためのもの」と思われがちですが、実際はそれだけではありませんよね。
おさらいをすると、覆土の役割は主に3つです。
- 種子を固定する
- 表層の乾燥を防ぐ
- 温度・湿度の急変を和らげる
ここを押さえると、覆土の判断がかなりクリアになります。 つまり「光のために被せる/被せない」ではなく、“地表の挙動”を再現するために被せる/被せない。この視点に変えるだけで、説明がつく失敗が増えます。
グラキリスの場合の覆土設計
グラキリスの種子を想像してください。
軽く平く、風や水で簡単に動きます。
iNaturalistで見た環境も、

https://www.inaturalist.org/observations/67184369
岩場・礫混じり・表土が薄い
こういう場所ですよね。
ここから考えると、「しっかり埋める」という選択は、あまり自然ではないと推測できます。なぜなら、薄い表土の環境では、種子は“地中深く”というより、岩と礫の隙間・表層の微細な凹凸に引っかかって留まるはずだからです。
むしろ、表面に置く・粒材で軽く押さえる・位置がズレない程度に固定
このくらいが、自生環境に近いのではないでしょうか。

ここで言う「粒材で押さえる」は、覆土というより固定具です。 目的は遮光ではなく、以下の事故を防ぐこと。
- 潅水で種が移動して“集合”する(密集→蒸れ)
- 乾いた表層を転がって“端”に寄る(発芽ムラ)
- 表面に浮いて乾きやすい(吸水不足)
つまりグラキリスの覆土は、発芽率を上げる魔法じゃなく、事故率を下げる保険。この扱い方がしっくり来るはずです。
加えて、グラキリスは発芽後の初期が繊細なので、播種直後に「表面が荒れて種が露出/移動」すると、その時点で管理が難しくなります。だから「そっと置く/そっと押さえる」。この“そっと”が地味に効きます。
ディオスコレアの場合の覆土設計
一方、ディオスコレア。
iNaturalistで見た環境は、
「落ち葉が積もる・腐植が厚い・表土が柔らかい」
つまり、自然に覆土された状態。
ここでグラキリスと同じ感覚で「表面に置いて光を当てる」をやると、失敗しやすくなります。
なぜなら、落ち葉や腐植の環境は、
表層が“乾いたらすぐ終わる”タイプではなく、じわっと湿度が保たれ、温度も急変しにくい。
そこが発芽の安全地帯になっている可能性が高いからです。
ディオスコレアでは、
- しっかり覆土
- 乾きにくい層を作る
- 暗さより“安定”を優先
この方が、仮説として筋がとおりそうです。
ここでの「しっかり」は、深植え一択という意味ではありません。
ポイントは“遮光”よりも、
表層の乾湿リズムを鈍らせること
表面が乾いても、覆土層の下は湿っている。 その状態を作れると、ディオスコレアは急に“待てる”ようになります
逆に、表面置きで乾燥が入ると、
「一度吸水したのに途中で乾いた」状態になりやすく、そこから沈黙に入るリスクが上がります。こうなると、掘り返したくなるんですよね。
でも掘ると終わる。
だから最初から“乾かしにくい設計”に寄せるのが合理的です。
光量は「段階」で考える
次に光です。
ここが一番「好光/嫌光」という言葉に引っ張られやすいところ。
でも実際は、光はオン/オフじゃない。
強さも、質も、時間もあります。
iNaturalistの写真でも、直射の個体と半日陰の個体が混在します。
そこで「じゃあ好光だ!」と決め打ちすると“じゃあ、播種直後から直射にするの?”
と思ってしまうかもしれませんが、これをやると焼けたり乾いたり温度が暴れたりします。
光は「段階」。ここが今回のキモです。
発芽前の光は「スイッチ」
発芽前、光の役割は「育てる」ではありません。
多くの場合、動くかどうかのスイッチです。
グラキリスなら、暗すぎると動かない。直射だと温度が暴れる。
そうなると「明るい散光で直射を避けた場所」というのが仮説として一番無難です。
ここで言う「散光」とは、弱光という意味ではなく、強いけど拡散されている光。
ガラス越しの直射や、近すぎるライト直撃は、
温度と乾燥の暴れ方が急なので、発芽前の“安定期”には向きません。
発芽前に必要なのは「強さ」よりも「安定」。
スイッチを入れる環境は、意外と静かです。
ディオスコレアの発芽前光
ディオスコレアは、発芽前に光が必要か?と聞かれると、正直「なくてもいい寄り」。
でも、完全な暗黒も違います。
腐植の下、落ち葉の下。
つまり「直接光は当たらない。でも昼夜の明暗は伝わる」このくらいが、写真から読み取れる環境です。
なので、ディオスコレアでよくあるズレは二つ。
①「嫌光性だと思って暗室へ」
→ 温度も空気も動かず、湿度が逃げず、蒸れやすい。
②「好光性もあるかもと直射へ」
→ 表層乾燥でゲームオーバー。
おすすめは、 弱めの明るさで、明暗はある、風はほんの少し動く。 この“ふつうの部屋の自然さ”に寄せると、設計の破綻が減ります。
発芽後は話が変わる
しかし芽が出た後、光の役割は一気に変わります。
発芽前はスイッチ
発芽後はエネルギー源
ディオスコレアでも、芽が出た後は「いつまでも弱光」だと徒長まっしぐらです。
つまり、発芽前と発芽後で光設計を切り替える
これを前提にしておくと、「嫌光性」という言葉に振り回されなくなります。
切り替えずに徒長してしまった亀甲竜の苗です。

切り替えの目安は、発芽直後の“糸”みたいな時期ではなく、葉(または葉らしきもの)が展開し始めたタイミング。そこから少しずつ光量を上げましょう。
いきなりMAXにしない。段階です。
湿度は「高い/低い」じゃない
湿度も、二択で考えると事故りやすい要素です。
大事なのは、湿度が逃げるかどうか。
ここ、地味だけど超重要です。
実生で起きる事故の大半は、「乾いた」「蒸れた」のどっちかで、その中身はだいたい“逃げ道”の設計ミスです。
グラキリスの湿度設計
グラキリスの自生環境を思い出すと、
- 開けている
- 風が通る
- 水はけが良い
これを再現するなら、腰水はOK、でも密閉はしない、風が抜ける構造
この方が、「乾かさない」と「蒸らさない」を両立できると思います。
ここでの腰水は、“常時びちゃびちゃ”というより、
表層が乾ききる前に補給できる仕組みとして捉えると破綻しにくいです。
そして風。
強風じゃなくていい。空気が動くこと。これが蒸れの抑止力になります。
ディオスコレアの湿度設計
ディオスコレアは逆です。
- 腐植が湿度を保持
- 直射日光が当たらない
- 表土が乾きにくい
ここで一番多い失敗は、「乾かしすぎ」。
発芽前に表土が乾くと、そのまま沈黙に入ることがあります。
ただし、ここで密閉しすぎると今度は蒸れが来てしまうため
湿度は高め。でも完全密閉は避けて通気の逃げ道を作る。
このバランスが重要になってきます。

具体的には、密閉ケースで管理するなら、完全密閉ではなく“少し息ができる”状態にする、など。
湿度は欲しい。でも逃げ道も欲しい。矛盾してますが、自然界の落ち葉の下もそれです。
湿度は高いけど、腐植は呼吸している。風もゼロではない。そこに寄せます。
よくある失敗パターンを整理する
ここで、ありがちな失敗をいくつか挙げたいと思います。
失敗は悪じゃないんですが、同じ失敗を繰り返すのが一番コスパが悪い。
なので“起きる理由”込みで整理します。
失敗① 出ないから掘る
これは、ほぼ全種共通でアウト。
iNaturalistで見た環境を思い出してください。
自然界で、発芽途中に掘り返されることはありません。
掘ると何が起きるか?
- 根の初動を傷つける
- 種子周辺の微小な湿度環境が壊れる
- 乾燥が入る
- その結果、再現不能なストレスが載る
「確認したい気持ち」を抑えるのも、実生の技術のひとつです!
どうしても不安なら、“掘る”じゃなくて、
同じ条件で追加の小鉢を作る方がまだ安全です。
失敗② 出た瞬間に直射
発芽=強くなった、ではありません。
特にグラキリス。芽が出た瞬間に直射を当てると、簡単に焼けます。
写真で見ていた「直射」は、成株の話。
この切り分けは、かなり重要です。
発芽直後は、地表の微陰や反射光、周辺の凹凸に守られていることが多い。
鉢の上で丸裸にして直射へ、は環境が違いすぎます。
光は段階。ここに戻ります。
失敗③ 湿度を怖がりすぎる
ディオスコレアで多いのが「蒸れそうだから乾かす」。
結果、発芽スイッチが切れたままになる。
湿度は悪ではありません。
逃げ場がない湿度が悪いだけなんです。
怖がるべきは湿度そのものではなく、
空気が動かない。水が抜けない。表面がいつも濡れている。
この“逃げ道ゼロ”の設計です。
記録を取ると、仮説は強くなる
ここまでの話は、全部「仮説」です。
でも、仮説は検証してこそ意味が出ます。
おすすめなのは、
- 播種日
- 覆土の厚み
- 光の位置
- 湿度管理
を、ざっくりでいいので残すこと。
ここで、ガチなデータじゃなくていいです。むしろ“再現できるメモ”が大事。
例:
「表面置き+粒で固定」
「弱光スタート、葉展開で明るく」
「密閉なし、風が当たる位置」
これだけでも次回の精度が上がります。
すると次に、「iNaturalistで見た環境」と「自分の播種結果」が結びついてきます。
これが積み重なると、
好光/嫌光という雑な分類やネットの情報に振り回されなくなり、実生スキルが上がっていくと思います。
まとめ:実生は「翻訳作業」
iNaturalistは、自然界の情報が詰まった素材集です。
SeedStockの種子は、その素材を手元で再現するための材料。
実生とは、
自然環境を、鉢と用土と光に翻訳する作業
だと思っています。
好光性か、嫌光性か。 その答えを探すより、
- どんな場所で
- どんな条件で
- どう芽を出していたか
を考える。
その方が、失敗は減るし、成功したときの納得感も大きい。(←これが実生の醍醐味)
次に播くときに、
iNaturalistの写真を見る目が少し変わっていてくれていたら、この記事の役割は果たせたのかなと思います。
ということで、あなたも現地のイメージを膨らませて、早速チャレンジしてみては如何でしょうか!
グラキリス
ディオスコレア

